序章  千年の刻の中で、ただ一度の敗北すら知らぬ武術が時代の影に生きてきた。 その技の使い手はその当時の兵(つわもの)と仕合い、勝利を納めてきたという。  かの宮本武蔵の剣をもってしてもその使い手を倒す事はかなわなかったと 今に伝う。その武術の名は、陸奥圓明流(むつえんめいりゅう)。  また、ある時代にその陸奥から別れ、不破圓明流(ふわえんめいりゅう)が生まれる。  お互いにお互いを恐れつつも、不敗の歴史を歩む。そして現代にて陸奥と不破 の継承者が全日本異種格闘技選手権の決勝戦でついに戦い、時代の闇に生きてきた 不破の伝説が幕を閉じた。  不破圓明流の継承者、不破北斗(ふわ・ほくと)を倒した陸奥の名は 陸奥九十九(むつ・つくも)。彼を巡り、実戦空手神武館(しんぶかん)の四鬼竜(よんきりゅう) を始めとし数多の兵(つわもの)が戦いを挑み、そして敗れていった。  多くの兵は陸奥との戦いの中でそれぞれの門を開き、それぞれの道を進んだ。 四鬼竜のNo1と言われる天才、海棠晃(かいどう・あきら)も自らの門を開き、 神武館館長である生ける武神と異名を取った龍造寺徹心(りゅうぞうじ・てっしん)と山に籠った。  一方、異種格闘技選手権において準決勝で陸奥に敗れた天才、鬼道館(きどうかん)の 片山右京(かたやま・うきょう)もまた寺に籠っていた。それぞれ陸奥との再戦を夢見て。  日本より遥かに離れたブラジルの地で開催されたヴァーリ・トゥードに陸奥九十九は 挑み、そして決勝戦にてグラシエーロ柔術最強の男レオン・グラシエーロと仕合い、 両腕に深手を負いながらも陸奥圓明流「四門(しもん)・玄武(げんぶ)」にて勝利する。  その勝利の瞬間を、片山右京は寺で座禅を組みながら携帯TVで見ていた。そこへ 住職がやってくる。 「これは、変わった事をしておられますな。」 座禅を組みながらにしてTVを見るその様を見ての素直な意見を言う。 「悟りは開けましたかな?」 「電話を貸していただけませんか?」 住職の質問には答えず、今望んでいる事を口にした。 わがままが口をついて出たのではない。九十九の仕合いを見て、心の底から沸き上がる 衝動を止めようが無かったのだ。その辺りはさすがに心得た住職だけに、さして 気にせず、 「それではその後に熱い茶など煎れましょうかな?」 と告げて奥に消える。  右京が電話をしたのは鬼道館館長だった。 「右京か?」 「はい。海棠晃と仕合ってみようかと思います。  多分、海棠も今そう思っているはず・・・」 「そうか・・・」 そして日が暮れる。今の右京の気持ちを思わせる、燃えるような夕焼けであった。  その頃海棠晃と龍造寺徹心もまた、九十九の仕合い結果を見ていた。 「海棠、おぬしの言うた通りになったの・・・」 「押忍・・・」 ドウッ 海棠は返事と同時に木にぶら下げられたサンドバッグに一蹴りいれた。 鈍い音を立てたそれはゆらゆらと揺れる。海棠は自分の奥底から沸き上がる思いが 押さえられない様に、笑みを浮かべた。 「さて、山を降りるか・・・ おそらく、あの男も待っていよう。」 そう告げた徹心に向き直り、再び 「押忍・・・」 と返事を返した。 壱章 右京来訪  神武館東京本部道場では、毎日練習が行われる。その指導員となった陣雷(じんらい)は 今日も今日とて更衣室で道着に着替えていた。ビクっ 「|?」 四鬼竜のNo2である陣雷ならではであろうが、強烈な気配を感じ鳥肌が立った。 帯も絞めぬまま道場へと駆け込む。 「海棠、お前だったのかよ。」 「九十九の仕合いを見てから、どうにも気が押さえられんらしいからの。」 「片山右京との決戦・・・もありますけどね?」 陣雷の姿を見て気が抜けたのか、以前の海棠の笑みを浮かべた。 「ふぅ・・・・変わったな、海棠。」 陣雷は帯びを絞めながら言う。 「海棠は強うなった。おそらくわしの全盛期に近いぐらいにはの。  九十九が海棠との約束を果たしに帰ってくるころには、  わしを超えておるだろう。」 「多分、九十九はまだ帰って来ないと思うし、九十九だってもっと強くなって  帰って来るわ、海棠さん。」 徹心の孫娘、龍造寺舞子(りゅうぞうじ・まいこ)が現れてにっこり笑みを浮かべて言う。 それを見た海棠はくすっと笑い、 「そうですね・・・」 とだけ言った。 「母親に似てきたようだの。」 と徹心も笑みを浮かべていた。 そんなこんなで日も暮れていき、海棠が山を降りた一日が終わった。  翌朝午前10時少し前。海棠は久々の道場で汗を流そうと道着に着替えていた。 昨日の内に、稽古相手をしてくれるように陣雷に頼んであったのだ。もともと陣雷より 強い海棠ではあるが、山籠りの成果を見る相手としては十分だった。 「!」 海棠はその気配を感じ、胸が踊った。思わず笑みを浮かべ道場へと向かう。  先に道場で海棠を待っていた陣雷は、予期せぬ人物の登場に驚いていた。 「片山!? 何をしに来た?」 「海棠晃と仕合いに来ました。陸奥との・・・挑戦権をかけて。  山から戻って来ているのではないですか?」 「なんでそんな事がわかるんだ?」 「虫の知らせですよ・・・」 右手で前髪を書き上げながら言う。右京のクセだが、ルックスの良い彼ならば、 特に問題とならないクセであろう。 「!」 右京が陣雷から視線を反らした。陣雷がつられてその視線を追った。 「海棠|」 陣雷が声を上げた。 「そろそろ決着をつけても良い頃合だと思いましたので、足を運びましたが?」 「フ・・・待たせたかな?  いや、待っていたのかな? 俺は。  陸奥と出会う前に本気にさせてみたいと思っていた男が二人いた。  一人は館長、龍造寺徹心。もう一人は片山右京、お前だ。」 海棠の言葉を聞いて右京は目をつむり告げる。 「光栄ですね。神武館の天才にそう言ってもらえるならば。」 再び目を開けたとき、そこに徹心も姿を現していた。 「右京、おぬし腕を上げたの。  海棠の気配で降りて来てみたが、おぬしの気配は感じなかった。  それとも、わしが衰えたかの?」 「館長は武神です。」 「海棠、わしはもはや現役には別れを告げた・・・  不和北斗との一戦でな。」 「押忍・・・」 海棠は徹心との会話の間中、右京から目を離さなかった。  ふふ・・・海棠め、今のおぬしには右京しか見えぬかよ・・・ 満足したような笑みを浮かべ、徹心は海棠の心を見た。 「ならば右京、おぬしも着替えてくるがいい。  道着も持ってきておるようだしの。」 徹心の言葉に右京は陣雷に案内されて更衣室へと向かった。 右京のいなくなった道場は、これから始まるであろう仕合を憂うかのように、 静まり返っていた。 「海棠よ、おぬしは今の右京をどう見る?」 「強い・・・ですね。もともと俺よりも強いんじゃないかと思っていましたし。  異種格闘技選手権の対陸奥戦で、本当の天才と言うものを見せてもらったのでさほど  驚きはしませんがね・・・  陸奥は、右京を俺よりは強くない、そう言ってくれましたけどね。  対陸奥戦の最後の瞬間、あの時の右京は間違いなく俺では勝てなかったでしょう。  そして俺の目が狂っていないならば、右京は確実にあの時より強くなっていますね。」 「では勝てぬか?」 「いいえ。勝ちます!!」 「ふふ・・・勝てるかよ。このわしに気配を感じさせなかったほどのあの男に。」 弐章 開戦 「待たせましたね。」 右京が道着に着替えて出てきた。 「ふむ。でははじめるが良い。わしが見届けてやろう。  ルールは基本的には異種格闘技戦そのままじゃが、場外は無い。  つまりはなんでもあり・・・で良いかの?」 「俺はかまいません」 「私もかまいませんよ。いえ、むしろそのルールで勝利できなければ、再度陸奥と戦っても  無駄でしょうからね。」 海棠が、道場の中央へ歩いて行く。合わせて右京も向かい合う位置まで歩を進める。 「神武館の天才、海棠晃を倒さなければ陸奥と再戦しても勝てない・・・と  思ったのはどうやら間違いではないようですね。」 そう言って片山が構えを取る。 「片山右京という天才を倒せずに、陸奥という修羅には勝てんようだ。」 と応えて構えを取る。 ギィィィィンッッッッッッ  ぬぅっ これほどとは!? 徹心の眉間が険しくなる。 二人が構えた瞬間、徹心をも唸らせるほどのすさまじい気が張り詰めた。 一瞬の静寂が無限に感じるかに思えた瞬間であった。が、しかし。 「!」 片山に一瞬の戦慄が走る。海棠が前に出て右正拳突きを出す。 上半身を僅かにずらして拳をかわしたと同時に片山の右足が霞む。 片山の放った右回し蹴りは海棠の顔面すれすれで空を切る。 片山の蹴りを見切り少し後ろに下がった海棠が、素早く間合いを詰める。 「ちぇいっ!」 海棠の左回し蹴りが唸る。片山は防御の為に両腕を上げ、右上半身前を固める。 海棠が笑みを浮かべた。次の瞬間右回し蹴りが片山を急襲する。そしてこの蹴りは 確実に片山の頭部にヒットすると思われた。が、顔面すれすれで空を切る。 体制の崩れた海棠の顔面に向け、片山の右抜き手が襲い掛かるが、かろうじてかわす。 少し距離を開け、再び対峙する。 「あの状態で今の海棠の双龍脚(そうりゅうきゃく)をかわすかよ・・・右京」 徹心の額に汗が流れる。 「陸奥が不破戦で使ったのを見ましたからね。VTRでしたが。」 片山に笑みがこぼれる。 「!」 片山の頬からうっすら血が流れる。 「!」 海棠の首からもうっすら血が流れる。先ほどの抜き手をかわしきれていなかったのだ。 「そうでなくてはね・・・」 片山はそう言うや否や左前蹴りを放つ。今度は見切った海棠。 前に出ようとするが、片山の左足は止まらず踵落としで海棠を狙う。これもかわす海棠。 かわしざまに左正拳を繰り出す。それを見て笑みを浮かべる片山。左足を戻しながら右正拳を カウンター気味に放つ。 「!」  ギュンっ そのまま打っていれば入っていたかもしれない左正拳を曲げた。 海棠の左手首からひじまでの間に赤くこすった後がついた。出血はしていない。 「ここで牙斬(がざん)かよ・・・」 徹心が技名を言う。牙斬とは陸奥圓明流の拳技のひとつ。相手の拳撃に合わせて自らも拳を放つ。 狙うのは小指。小指にヒットさせた拳をねじりこむように打ち込み、相手の小指から腕までにダメージを 与える。小指を痛めてしまうと拳に力が入らず、もはやその腕から放たれる拳に牙は無い。 まさしく牙を斬る技なのだ。  陸奥は異種格闘技選手権の対羽山戦においてこの技を使って見せ、片山右京はその後の対陸奥戦で 使って見せていたのだ。陸奥は今の海棠と同じようにかわしたのだった。もし、あの時片山が牙斬を 見せておらず、今はじめて使って見せたのであれば、あるいは海棠の左拳はやられていたかもしれない。 海棠はその左正拳を曲げて牙斬をかわした動きから止まらず、そのまま右後ろ回し蹴りに転じる。 しかし片山は見切ってかわす。再び距離をとって対峙する。 「甘いな・・・片山。  外部の者が圓明流の技で圓明流に勝つことなど出来ん。  館長が対不破戦で見せたようにな。」 「大技はそうでしょうね・・・  しかし、陸奥対不破の中にひとつだけ優位な点を見つけましたよ。  陸奥の技通りの技ならかわされるのでしょうけれど、  ほんの少しその先を行けば・・・ね?」  確かに・・・九十九は対不破戦において小技のみで一度は追い込まれもしたが・・・  あれは不破が圓明流であり、九十九と同じ土俵にいたからに過ぎぬ・・・  それとも小技においてあの不破北斗以上の動きを出せるのかよ、右京・・・ 徹心はそう思い、ゾクリとした。凡人が同じことを言ったのであれば、他愛も無い冗談に過ぎないが、 片山右京が言うのだ。全くの不可能ではない、そう思わせる何かがある。  片山が前に出る。右後ろ回し上段蹴り。海棠は見切って頭を少し後ろに引く。 「!」  ガシィっ  片山の上段蹴りは空中で高さを変え、中段蹴りに変わった。海棠は左腕でなんとか金的に入るのを防いだ。 「紫電(しでん)まで使うかよ」 徹心は感心していた。紫電とは圓明流の蹴り技の一つで上段後ろ回し蹴りを途中で高さを変化させ中段蹴りにする というもの。知らなければそのまま上段蹴りが来ると思い、まともに金的に蹴りを喰らうであろう。 この蹴りも海棠は、陸奥対不破の一戦で見ていた。だからこそ防げたと言って良い。 「やるのぅ・・・」 「なんてヤツだ、片山・・・」 いつの間にやら陣雷が戻ってきていた。 「わしが言うておるのは海棠よ。」 「!?」 「確かにあの紫電はそう簡単に決まる蹴りではない。  簡単そうに見えるがの、相手に上段蹴りと思わせたままで中段へと変える。  並みの速度の蹴りでは読まれもしよう。  しかし、実は今の蹴りに見えた物はその片山の凄さではない。  圓明流の使い手である九十九であれば防げて当然じゃろうが、  片山右京の放った紫電を海棠は止めおった。」 徹心が陣雷に説明をしている最中も、試合は動いている。 紫電を止めた海棠は、右正拳を体制の崩れた片山に放つ。それに合わせて左拳を放つ片山。 再び牙斬を狙っているように見える左拳。海棠は少し右拳の軌道を逸らす。  カシィィィっ 拳同士がぶつかる。海棠の右拳は上方へ逸れ、片山は下にもぐりこむように左腕をたたむ。 「裏蛇破山(うらじゃはざん)!?」 陣雷は驚きを隠せず、叫んだ。 蛇破山とは圓明流の肘技の一つ。相手の拳を自らの拳で逸らし、肘を打ち込むというもの。相手の拳を 下方に押し流すと同時に腕をたたみ上方から下方へ向けて肘を叩き込むのが蛇破山。裏蛇破山は相手の拳を 上方に流すと同時に腕をたたみ下方から上方へ向け、鳩尾に肘を叩き込む技である。 流れとしては簡単だが、問題は最初の相手の拳を流す部分である。右にせよ左にせよ突きを放つ場合、 その拳を打ち出した瞬間には隙がある。それをより確実に突くためのステップとして相手の拳を流すわけだが 相手の技量次第でその難易度は桁違いに変わるであろう。それを片山右京という男は、海棠晃を相手にやって みせたのだ。  陸奥対不破の一戦で蛇破山の打ち合いになった事はある。これは双方が圓明流を知っているからこそ 急所をかわし、次の行動へと移れた。この時の不破は続けざまに頭突きを九十九に浴びせた。 今、海棠は腕を折りたたんでいない。あの時の陸奥と不破を今の海棠と片山に置き換えるならば、 海棠も蛇破山の体制で無ければならないが、今の海棠の腕は伸びたままである。どちらかというと陸奥対羽山戦 での牙斬を封じた羽山に、陸奥の裏蛇破山が打ち込まれるという状況に似ている。 ガシィっ 片山の体が横に飛ぶ。海棠は左フックを放った状態を保ちながら片山を見ていた。片山も直ぐに立ち上がる。 右腕が少し腫れているようだ。 「流石ですね。完全に決められるタイミングだと思いましたが・・・」 「海棠め・・・やりおるわい。  片山の蛇破山も悪くは無かったがやはり本物とは違う。今の海棠には通じぬよ。」 「左で殴ったのか!?」 「そうじゃ、陣雷。今のはおぬしにも見えたろう。  蛇破山を打ってくる時には少しの隙がある。それを突き、海棠は左拳を叩き込んだのよ。  しかし片山もちゃんと右腕で受けておる。さすがじゃの。」 「今ひとつ・・・ですね。」 片山がポツリと言う。 「?」 「貴方ならば、とも思いましたけれど・・・  私は陸奥との闘いの中で、自分の中に私の知らない自分がいると知りました。  そこに到達できた時、一瞬でしたが陸奥を凌駕できていたと思うのですよね。  あれ以来、あの時の到達点に平常でもたどり着けるように修練を経ました。  が、どうやらそれを見せるほどでは無いようです。」 劣勢に見えた片山が笑む。ゾクリ。海棠は走るものを感じた。 「そうか・・・ならば、それを見せてもらおうか!!」  片山の言う片山の知らない片山というのがどんなものかを、徹心も海棠も異種格闘技 選手権の対陸奥戦で目の当たりにしていた。九十九の放った陸奥圓明流奥義・龍破(りゅうは) を片山の必殺技、菩薩掌(ぼさつしょう)の応用で完全ではないものの破った。その勢いのまま 九十九に菩薩掌で止めを刺そうとするも、この技もまた九十九によって破られた。 その直後、陸奥圓明流・虎砲(こほう)を喰らい、一旦はマットに沈む。がしかし、そこから再び 立ち上がった片山は、人を超えた動きを見せたのである。満身創痍の中、もはや気力のみで立ち上がったと 言っても良い状態であった片山右京だったが、次の瞬間には、おそらくは神の領域へと昇ったのである。 その時の片山右京からは殺気も闘気ですらも感じられぬ程であったが、これが功を奏する事になる。 満身創痍が故に無駄な力みの抜けた片山の動きはある瞬間、コマ落としのような無駄の無い高速な動きを 見せる。加えて殺気が極限まで抑えられた為に九十九はその片山の攻撃を読みきれず、人間サンドバックと 化したのだ。残念ながら、その後は九十九の追撃により敗北を喫する事にはなったのだが。 もし、あの時の動きと殺気の無さを、満身創痍で無い状態で出せるのであれば、それはとてつもなく 手強いに違いないのだ。  海棠の動きが速い。突き、蹴りがすさまじい勢いで繰り返される。 先ほどまでと打って変わり一方的に両腕でブロックする片山。突きが、蹴りが、すさまじい勢いで 襲い掛かる。片山の左肩がはじける。海棠の右突きがヒットしたのだ。 「うおおおおっ!」 海棠が更に一歩踏み込んで左上段回し蹴りを放つ。  フォッ ガシィッ 海棠の蹴りが空を切り、同時に片山の左蹴りが海棠の顔面横を捉えた。 「ぐぅっ」 揺らぐ海棠。笑みを浮かべる片山。 「行きますよ・・・」 ゆらり・・・・ ドウッ 片山の体が倒れるかと思う揺らぎの直後、コマ落とし映画を見るかのように突然蹴りが海棠を襲う。 海棠は反応できずまともに腹に喰らう。 「ごふっ」 は・・・速いっ これほどまでに・・・ 海棠は揺らぐものの耐えて見せた。 参章 菩薩 「再び、あの境地に立つ・・・かよ、右京・・・」 徹心は唸った。 「怖ぇぇ・・・・片山右京をこんなに怖く感じるなんてな・・・まったく。  この汗が熱いのか、寒いのかわからん。気持ち悪い感じだ。」 迅雷はそう呟いた。 「確かにの・・・じゃが、海棠はこの片山右京を一度見たからの・・・ふふっ」 片山が舞うが如くふわりとした動きを見せた後、雷光の如き技が閃く。 海棠は片山のゆるりとした動きに反撃を繰り出すも容易くかわされ、そして次の瞬間を交わせず喰らう。 その流れが幾分か続いた後、変化が起きる。 海棠の右回し蹴りを交わした片山の放った鋭い左回し蹴りを海棠がかわした。 「!」 片山に戦慄が走る。 恐るべき速度でくるりと回転した海棠の右アッパー気味の突きが片山の頬を切る。 続けざまに左突きが放たれるもこれはかわす片山。 少し距離を開けて二人の動きが止まった。 「まさに天才という奴だな、片山・・・  ・・・お前が無の境地菩薩となり、  陸奥が荒れ狂う修羅となるならば、  俺は・・・龍の化身となろう!!」 海棠が吼え、次の瞬間に動いた。 「!」 あまりに疾いその動きに片山も反応出来ないでいた。目前に接近した海棠の体が瞬間沈み、そして浮く。 それと同時に右膝が片山の顎を狙うがしかし、かろうじてうこれをかわす。 そこからさらに海棠の足が伸びて片山の顔面を狙う。これもかわすが頬が切れる。 さらに海棠の左足が片山の腹を蹴りこむ。これはかわせず喰らう。 「ぐぅっ!!」 片山の体がくの字に曲がる。海棠の体は流れにそって逆立ちになり両手を地面に付く。そのまま体を縮めて 蹴りだす。陸奥圓明流の蹴技、胡月(こげつ)のような蹴りである。片山はかろうじてブロックするも 体ごと吹き飛ぶ。 「やったっ!!」 迅雷は諸手を上げて叫んだ。 「いや、まだ終わらんの・・・・」 徹心は冷静に告げる。 海棠は解っていた。すぐに立ち上がると倒れた片山に飛び掛り、地面に向けた蹴りを放つ。 狙いは頭。舞子の顔が一瞬曇る。 ドシィィっ!! すさまじい音が響いたが、片山はくるりと回転してかわしていた。 「あの、優しい海棠さんがっ!?」 「陸奥に勝つ・・・・それを目指すには相手を殺すほどの気持ちが無くては勝てん。  いや、圓明流に勝つには相手を殺さねばならん。ならば、今のは当然の攻めということじゃ。」 徹心は言いながらも手に冷やりとした物を感じた。陸奥と対峙しているのならば、海棠がそこまでの 攻めを見せても当然であると気にもしなかったのであろうが、対片山でそうなろうとは 思っていなかったからだ。 「ふふ、ようやく本気の海棠晃に出逢えましたね・・・」 片山が立ち上がって言う。 「猛る龍であろうとも、菩薩の前には静かに横たわるのみ・・・です」 「静かな笑みを浮かべる菩薩であろうとも、噛み砕いて飲み込むのみ・・・」 海棠と片山は笑みを浮かべ、構えをとって間合いをじりじりと詰める。 「・・・この二人、本当に圓明流を凌駕するかもしれんの・・・」 それを見て徹心は言う。 「いいえ、おじい様。  相手を殺すほどの・・・それが二人の目指すものだと言うのなら、  九十九には絶対に勝てない・・・  だって、圓明流は人を殺すことだけを極めてきたって九十九が言ってたもの。  そして、それを極めて千年の間、敗北の文字は無いって・・・  だから、あの二人のどっちが勝っても九十九には勝てない!!  たとえどんなに九十九を追い込めたとしても!!!  最後に立っているのは・・・陸奥九十九だわ。」 「なるほど・・・の」 ジャっ 海棠が前に出る。ほぼ同時に片山も間合いを詰める。 先ほどは海棠の動きに反応できず機先を許し、痛い一撃を食らった片山だが今度は同時に動いた。 さらに片山は左抜き手を放ち、これをすんなり最小限の動きでかわす海棠。しかしその瞬間、片山が消えた。 「!」 しかし海棠には見えていた。片山の放った抜き手は見せ技でそれをかわす海棠の隙を突きすばやく横に飛んだのだ。 「その程度で・・・!?」 吐き捨てながら振り向く海棠の眼前には、涼やかな片山の笑みがあった。 片山の両手が一瞬大きく広げられすぐに縮められていく・・・合掌をするように。 ただしその合わさる手の間には海棠の頭が挟まるように、だ。 「菩薩掌!?」 迅雷が叫ぶ。 ヴァシィィっ 片山の両手が海棠の頭を挟み込み、その上に海棠の両手が添えられている。 「よし、破ったっ!!」 迅雷は諸手を上げて叫ぶ。 海棠は菩薩掌の技の原理も、その破り方も知っていた。なぜならばかつての異種格闘技選手権において 片山が対陸奥戦で使用し、そして最終的にはこの方法で破られたのを見ていたのである。 菩薩掌は挟み込む両掌のどちらかが先に相手の頭を叩く。叩かれた頭は反対の手の方に飛び、そして再び叩かれる。 菩薩掌はこの時、頭とわずかな隙間を空けて両手を固定することでこの跳ね返りと反対の手で叩かれるという 状態を瞬時に数十回発生させ、相手を一瞬にしてパンチドランカーにしてしまうという恐るべき技なのだ。 しかし、その原理さえわかっていれば、その両手を上から押さえ込んで隙間を無くすることで、両掌で1回ずつ 叩かれる1+1=2という普通の衝撃に変化させることができるのだ。 対陸奥戦で片山はこの方法で菩薩掌を破られ、その一瞬の驚愕が隙を生み、陸奥の虎砲を喰らった。 しかし今の片山は止まらない。そのまま膝蹴りを出してくる。頭をつかまれたままの海棠はモロに 喰らうしかなかった。 「ぐぅっ」 片山は二撃目の膝を繰り出すが、さすがにこれはブロックされる。それを見て片山は手を離し距離をとる。 「片山め・・・破り方が知れておる技をあえて出す、というのも凄いが・・・  今の海棠相手に抜き手のみをきっかけにその間合いに入り菩薩掌を出せるとはの。  しかもそれがただの見せ技、結果それを破るために海棠の両手がふさがれたことになる。  破っておらねば海棠は立ってはおれぬであろうしの・・・  破られることを期待しての菩薩掌・・・ふふ、恐ろしい男よ片山右京。」 徹心は笑みを浮かべて言った。
次回予告(ぉ かつて必殺技であった菩薩掌を見せ技として海棠の隙を衝く片山右京。 神武館の天才 海棠晃はこのもう一人の天才にどう立ち向かうのか? 次回、「龍」 刮目して待て!!


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